はじめに
「そろそろ免許を返納してほしい」——そう思いながらも、なかなか言い出せない。あるいは、何度話しても親に拒否されて、親子で険悪な空気になってしまう。
高齢の親を持つ世代からのご相談で、この「免許返納」の話題は本当によく出てきます。今回は、私自身の家族が経験したことをお話ししながら、免許返納に悩むご家族へ、少しでも参考になる視点をお伝えしたいと思います。

我が家が経験したこと
私の父とは、免許返納のことで何度も何度も衝突しました。話し合いをしても平行線。そしてある日、父は自損事故を起こしてしまいました。
幸い、というべきか、事故は重傷を伴うものでしたが、すぐに入院とはならず、入院先を探すところから始まり、決まるまでの間は子どもたちが交代で24時間体制の在宅看病をする日々が続きました。
そして、その事故をきっかけに、父はそのまま自宅に戻ることなく施設へ入所することになりました。実は、「私(娘)が病気になった」という嘘の理由をつけての入所でした。
なぜそこまでしたのか。大きな理由の一つが、父が運転をしてしまう可能性があったからです。免許証自体は私が預かっていましたが、父は「返納したよ」と嘘をつきながら、心のどこかで
- 近所なら少しくらい運転してもいいだろう
- そもそも免許を返納したこと自体を忘れている
このどちらかが起きてもおかしくない、そんな不安がぬぐえませんでした。実際、入院中の父は「免許を返納しなきゃよかった」と何度も口にしていました。父にとって車を運転することは、単なる移動手段ではなく、人生そのものだったのかもしれません。
「うちだからできた」ことと、家庭ごとの事情
我が家は札幌という、比較的公共交通機関が整った環境にあります。だからこそ、この事故をきっかけに、兄と私は「もう二度と運転させたくない」とはっきり決断できました。
けれど、ご相談をお受けする中で強く感じるのは、家庭によって事情がまったく違うということです。
- 車がないとどこにも行けない地域に住んでいる
- タクシーの台数や会社が少なく、呼んでもすぐには来ない
- 免許返納後の「足」を、結局は子どもや孫が担っている
- 遠方に住む子どもが、週末に帰省して買い物に付き添ったり、平日に仕事を休んで病院に連れて行ったりしている
- 交通の便が良い地域でも、一人で公共交通機関に乗ること自体が難しい場合もある
免許返納は、高齢者本人の「移動の自由」と「安全」がぶつかり合う、非常にデリケートな社会問題です。「返納すればいい」という単純な話では決してありません。

免許返納に悩んだときに、家族ができること
私自身の経験と、多くのご相談を通じて感じてきたことをもとに、具体的にできることを整理してみます。
1. 「なぜ運転を続けたいのか」を先に聞く
いきなり「危ないからやめて」と伝えると、親は防衛的になりがちです。まずは、運転にどんな意味があるのか——買い物のためなのか、友人と会うためなのか、それとも運転そのものが生きがいなのか——を聞いてみることが、話し合いの土台になります。
2. 「代わりの移動手段」をセットで用意する
免許返納の話は、「返納後にどう移動するか」という具体案がないまま進めると、まず受け入れてもらえません。
- 家族での送迎スケジュールを事前に決めておく
- 自治体のコミュニティバスや乗合タクシー制度を調べておく
- 免許返納者向けの割引・特典(タクシー券、バス回数券など)を確認しておく
- ネットスーパーや宅配サービスなど、外出自体を減らす選択肢も検討する
「返納したら何もできなくなる」という不安を減らすことが、説得よりも効果的なことがあります。
3.第三者の言葉を借りる
家族の言葉は届きにくくても、かかりつけ医や免許更新時の高齢者講習、地域包括支援センターなど、第三者からの助言は受け入れられやすいことがあります。「先生にも言われたよ」という形で話を進められると、親のプライドを保ちながら話し合いを進めやすくなります。
4・一度の「返納」で終わらせようとしない
我が家がそうだったように、免許を返納しても、心の中では納得できていないことがあります。特に運転歴の長い方にとって、車は単なる道具ではなく、自立の象徴であることも少なくありません。返納後も、その喪失感に寄り添う会話を続けることが大切です。
5・「万が一」を想定した準備をしておく
これは正直、あまり考えたくないことですが、事故が起きてしまった場合にどう対応するか——入院先の探し方、看病の分担、施設入所の検討先など——を事前に家族間で話し合っておくと、いざというときの負担がまったく違います。
さいごに
免許返納は、正解が一つに決まる問題ではありません。地域の交通事情、親御さんの性格や健康状態、家族の距離や関係性によって、できることは大きく変わります。
もし今、免許返納のことでご家族と衝突しているなら、「返納させること」がゴールなのではなく、「安全に、その人らしく暮らし続けられる方法を一緒に探すこと」がゴールだと考えてみてください。
家族でよく話し合えるなら、それに越したことはありません。けれど、話し合いが難しい場合も、一人で抱え込まず、地域包括支援センターや専門機関、そして同じ悩みを持つ方々とのつながりを頼ってみてください。
この記事が、免許返納に悩むご家族の少しでも助けになれば幸いです。





