パーキンソン病の症状はどのようにして進行し、どんな治療法があるのでしょう?

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パーキンソン病の進行は人それぞれで、症状も多岐にわたります

母が最初にパーキンソン病と診断された50代後半から60代前半は、手足の力が入りにくい、という母にしかわからない症状から始まりました。

パーキンソン病は症状が進行していく病で、それを治療する薬は今のとこる開発されていないと言われています。症状が進行するのを抑えたり、リハビリなどで筋力の衰えを予防するということでしか症状の進行を遅らせることが出来ないのです。

でも、そのおかげか?母は32年という長い期間、パーキンソン病の進行を最初はゆっくりとさせることが出来ていました。

介護の仕事をしていた時、母のように若くしてパーキンソン病を発症して長く闘病生活を送っていらっしゃった方がいました。その方は、症状の進行が早く、ほぼ全介助の状態で、当時治験で行っていた、脳に電極を埋め込んでパーキンソン病の症状を緩和させるという治療を行っていた方でした。

普段から、手足の振戦(震え)があり、症状がひどくなるとベッドにも寝ていられないほどバッタンバッタンと大きな振戦が来てしまいます。そんな時は床に布団を敷いて、その方が動いても危なくないように周囲に何も置かないようにして、薬が効いてくるのを待つしかありませんでした。

母もそうでしたが、振戦がひどいときは、汗をびっしょりかいて、相当なエネルギーを使っているのです。軽いジョギングをしたよう、と、表現することもあります。

母は、その方のように激しい振戦ではありませんでしたが、時間が長く呼吸や体の拘縮(緊張によって筋力がこわばる)がひどく、振戦とともに、体のこわばりで手をぎゅっと握り握りしめた手に爪の跡が食い込んでいることもありました。

そんな振戦は自分の意図と反してなってしまうので、母もいつどんな時に振戦がくるか心配で、まだ自力歩行が出来ていた時でも外出が億劫になっていきました。

ただ、32年前よりも、パーキンソン病の積極的な症状のコントロールができるような資料は少しずつ開発されてきており、母が発症した頃よりも、様々な治療の選択肢が増えたように感じます。

治療を開始して3~5年ほどは薬の効きがよく、日常の生活に支障がなく生活できることも

先ほども書いたように、今はパーキンソン病の治療法も増え、症状の進行も適切な治療法を行うことで早い段階から症状を抑えながら日常生活を送ることも可能になってきました。

特に治療を始めたころの数年はLドーパミンという薬をはじめとする治療薬を使用することでほぼ1日を症状が出ずに過ごすことが可能になります。

母も初めの数年は、適切な薬やリハビリなどの運動を行っていたことで、大きな症状の悪化は見られない日の方が多かったのです。ただ、当時はここまでの治療薬はなかったので、精神的な症状から体の症状につながり調子が悪くなることは時々ありました。

特に薬を副作用からくる、精神的症状(幻聴、幻覚など)はひどく、それを抑えるためにメンタルの薬を処方されていました。

このように、治療を開始した初めの期間は調子が良いことが多いので『ハネムーン期』と言うそうです。大体3~5年ほどは薬でのコントロールができると言われています。

一方で治療を開始して、数年たってくると次第に色々な症状が出てきます。

主に多いのが、運動機能の症状で、ウェアリングオフ現象、ジスキネジアという現象が出てくることが多いようです。

● ウウェアリングオフ現象・・・Lドーパという薬を一般的に使用しますが、それを服用して、薬の効果が切れてくると現れてくる現象です。

※ 手足が震える、歩くときにすり足になったり、小刻みになったりする、動作がゆっくりになったりする、何もする元気や気力がなくなる、だるくなる、何となく気持ち的に嫌な気持ちになる

● ジスキネジア・・・Lドーパの薬が効いている時間帯に手足が勝手に動く症状。ウェアリングオフ現象が出始めた時期から、少し遅れて出てくることが多いと言われています。ジスキネジアが軽い場合はご本人は気づかないことが多く、周囲の人が気づくことが多いようです。症状が強くなってくると、ご本人も気になり、人前に出ることが億劫になることも少なくありません。

これらの症状も少しずつ出てくることが多く、母も、よく見ると手足が小刻みに震えているな、と気づくことが増えたり、貧乏ゆすりをしているのかな?と気づけばそう見える、そんな小さな症状が始まりでした。

でも、その前の精神状態の悪化の方がひどかったので、身体的な症状にまで目を配る余裕がなかったのかもしれません。

気づけば発症から数年がたっていた頃だったと思います。

パーキンソン病の重症度分類という指標がある

パーキンソン病の進行度を示す指標として、『ホーンヤールの重症度分類』というのと、『生活機能障害度分類』という指標があります。これらは、医療機関で良く使われている指標で、今現在患者さんがパーキンソン病の進行がどのあたりなのか?どの程度の重症度なのかを確認する指標となっています。

● ホーンヤールの重症度分類

・Ⅰ度・・・体の片側だけに手足の震えやこわばりが見られる。体の障害はないか、あっても軽い。

・Ⅱ度・・・両方の手足の震え、両側の筋力のこわばりが見られる。日常の仕事や生活がやや不便になる。

・Ⅲ度・・・小刻みに歩く、すくみ足が見られる。方向転換の時に転びやすくなるなど、日常生活に支障が出るが、介助なしに過ごせる。職種によっては仕事を続けられる。

・Ⅳ度・・・立ち上がる、歩くなどが困難になる。生活の様々な場面で 介助が必要になる。

・Ⅵ度・・・車いすが必要になる。ベッドで寝ていることが多くなる。

● 生活機能障害度分類(厚生労働省)

・Ⅰ度・・・日常生活や通院など、ほとんど介助は必要ない。

・Ⅱ度・・・日常生活、通院に部分的に介助が必要になる。

・Ⅲ度・・・日常生活に全面的な介助が必要で、自力での、歩行や立ち上がりができない。

母は最期はパーキンソン病末期の状態だったので、自力で何もできなくなっていきました。

パーキンソン病に今はどんな治療法が有効なのでしょか?

パーキンソン病の治療方法は内服薬による薬物療法、リハビリテーション、刺激発生装置や持続注入ポンプなどを用いるデバイス補助療法などがあります。

治療方法は医師の判断や患者さんの様子によって判断されますが、その治療法が必ず効果があるかどうかはわからないのが現状です。私が今まで出会ってきた、パーキンソン病の方々は、ご本人の体調によって治療法が変わり、入退院を繰り返されていらっしゃる方も多くいらっしゃいました。母も薬物療法で薬の調整での入退院を何度かしながら母の進行度に合わせた投薬をしていました。

● 薬物療法・・・パーキンソン病は、Lドパ、Lドパミンアゴニスト、という薬物を中心に複数の薬を合わせて使用します。また、内服だけでなく、貼付剤や自己注射剤のような投薬方法もあります。

※ Lドーパ:パーキンソン病の治療薬の中心となる薬です。パーキンソン病の患者さんは、脳内に不足しているドーパミンをを補うことで不通に動くことができるのです。なので、この薬は患者さんの命綱と言うほど必須な薬となります。効果が早く、ほぼ全ての患者さんに効果が見られますが、長い期間使用することで運動機能の合併症が出る場合があります。

※ ドパミンアゴニスト:ドパミンに似た作用を持つ物質です。Lドパと比較すると、作用する時間が長いので、運動機能の合併が起こりにくい反面、患者さんによっては、使用上注意しなければならないこともあり、使いわけられています。飲み薬だけではなく、張り薬などもあり、より安定した効果が期待されています。

これらの薬を中心として、非ドパミン系薬剤を併用し、患者さんの病状に合わせて調整していくのです。

● リハビリテーション・・・パーキンソン病の患者さんは、症状が様々で、その方その方似合うようなリハビリの方法がありません。医師と相談の上、その方に合うようなリハビリテーション計画を立ててもらいます。なので、理学療法や作業療法、言語聴覚など、その方によって、まだ病状によってその時々でやり方も違ってきます。

私の母は、初めは理学療法によって、正しい歩き方、姿勢などをやってもらっていました。次第に病状が進行してくると、嚥下が困難になり、言語聴覚でのリハビリで口周りや喉周の運動や、声が小さくなってくるので発生のリハビリなど、数年ごとにリハビリの内容が変わってきていました。

最期は、リハビリを励みにしていた母の気持ちの安定のために、また、楽しみのために理学療法、作業療法、言語聴覚の3つを入れてもらい、母が満足でいるよう行っていた、という感じです。

理宇学療法では、パーキンソン病の方は、体を動かさなくなるとあっという間に筋肉や関節のこわばりや衰えが出てきてしまいます。なので、それを予防するためにも、理学療法による体全体を動かした運動を行います。

作業療法は、主に日常生活を維持するためのリハビリとなります。手の細かな動きや寝返り、起き上がりなど日常生活に役立つ動きを維持、改善することを目的とします。母は主に、塗り絵をしたり、紙を切って張り絵をしたりと、作業療法で作品作りをしていました。

言語療法は、先ほど私の母が行っていたように、口周りの筋肉の衰えによる、嚥下困難、声が小さくなる、ろれつが回らなくなるなどの症状が出てきます。その予防や進行を抑える目的として、言語のリハビリを行います。母は歌が好きだったので、歌うことで声の大きさや発語の練習をおこなっていました。年に1度、コンサートと言って、患者さんの前で、歌を歌ったり、母が昔習っていた大正琴を練習し、披露するというこもやってくれていました。

このほかの治療法も今では色々とあります。

先にも書いたように、医師が患者さんの病状を見ながら、どのような治療法がいいのかを見極めながら進めていくことで、病状の進行を抑えることが出来るのです。

薬物療法はその中でも治療の一番の要であり、薬物療法なしでは進行を遅らせることはできません。母も、最期の何年間は、もうこれ以上は処方できない、と、言われるマックスの量の薬を服用していました。それが良かったのかどうかはわかりません。ただ、母にとってその薬は『命綱』のようなものでもありました。

最期に

パーキンソン病の治療方法は、悲しいことに、いまだに、治癒するためのものではなく、進行を遅らせるための治療です。でも、研究の進歩によって少しずつパーキンソン病の治療に有効とされる方法が出てきていることは患者やその家族にとっては希望の光となっていることは確かでもあります。

私の母は、最期は高齢で、さらにパーキンソン病の末期症状だったこともあり、効果的と言われる最新の治療方法を行うことはできませんでしたが、私たち家族も母もこの32年間、色々な治療の情報を収集しては、試してみようか?と話し合ってきました。でも、研究段階だったりするとそれなりのリスクを考えたり、保険適用外だと、高額な治療費がかかることなど、まだまだ一般には手が届かないものばかりでした。でも、そんな中でも母は懸命に治療してきました。

難病指定のパーキンソン病・・・まだまだ研究段階ではあるけれども、一日も早く『治癒』できる医療技術が開発されることを願っています。

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