介護が終わった後に来る介護後うつ

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母の介護が終わって気が抜けたのか?再びうつ症状に陥ってしまった私

前回の記事に介護うつのことを書きましたが、実は介護が終わってから、看取りの後、再びうつ症状が襲ってくる方も多いのです。

介護でいつも神経が張りつめていて、最期を見送り、葬儀などすべてが終了した後、緊張の糸がプツンと切れて体調を崩したりするのです。それは精神的な不調だけでなく、持病が悪化したり、今まで健康だったのが急に病気が発覚したりと様々です。

私も母の介護が終わり、四十九日を過ぎたあたりから、眠れなくなり、急に涙が出て悲しくなったり、ある日職場で仕事をしていると、急に呼吸が苦しくなりパニック発作のような状態になりました。そして、その日を境に、急激にメンタルを再び崩してしまいました。

そんなときふと目にした、安藤和さんの著書『介護後うつ』という本に出会い、私だけではなかったことに多少の安ど感を覚えましたが、体調はしばらく元には戻りませんでした。安藤和さんも介護の最中にうつ症状に悩まされ、看取り後もうつ症状が消えることは無く、また苦しみ続けたというお話に、私自身に重ね合わせながら読みました。

母をきちんと看取ったつもりでいたのに、急に後悔などの様々な過去の記憶に〇や✖を付ける自分がいて、そこから自分を責め続けます。

母との確執も乗り越えたと思っていたのに、母に対して投げかけた態度や言葉の数々を急に思い出し、怒りや悲しみなど、自分でもどうしようもない感情を抑えきれないのです。

またこんな弱い自分が出てきた

またうつ症状になってしまった

周りの人たちに申し訳ない

ダメな自分

繰り返し繰り返し心の中で自分を責めていました。そうすることで、亡き母へ懺悔する気持でもいたのです。

介護の後に襲ってくる喪失感

誰しも身近な家族を亡くした後は、多かれ少なかれ喪失感などの感情が沸いてきて、気力が奪われることはあります。過去に私は、グリーフケアサポートを学び、関わらせていただいたことがあります。グリーフケアは励ましや勇気づけは必要ないのです。ただただその感情を出すこと、聞く側はひたすら聞くことが大切なのですが、私自身が私を心の中で叱咤激励していました。

周りに迷惑をかけるから、そろそろ普通の生活に戻らないと!

いつまでもクヨクヨしていたら、お母さんが心配するよ

お父さんのことを支えないと!お父さんの方が辛いんだから

そんな言葉が私の頭の中にエンドレスで聞こえてきます。急に涙があふれてきたり、気にかけてくれている親しい友人や知人たちに申し訳なく思ったり、そうすると自分はダメ人間という思いで一杯になるのです。母を亡くした喪失感と、してあげられなかった、あんなことやこんなこと・・・失った悲しみと暴言の数々への怒り・・・

でも、最期に思うのは・・・もう母はこの世にいないんだ・・・といういわれのない絶望感でした。まさに私にグリーフケアが必要になったのです。

喪失感は大事な、大好きな、大切な人を亡くした時に襲ってくるものだとばかり思っていました。しかし、私は、母の介護が終わった安ど感よりも、母を亡くした喪失感の方が大きかったのです。自分の中で矛盾したような複雑な思いが交差したこともうつ症状を引き起こしたきっかけになったのだと、後に思うのです。

父の喪失感は誰にも分らないほど深刻だった

母の介護をしていて、生活の中に当たり前のように母の介護があった32年・・・それが、在宅から入院、入所と変わっても、毎日、母の介護が生活の中心にありました。どんなに母との関係が悪くても、母を憎んでも、母から逃げようとして物理的に離れても、介護はいつもそばにあり、避けられない現実がありました。

どんな家族環境であろうとも、家族の中に介護を必要としている人がいるからこそ、その人を失って、見送る後の喪失感は多かれ少なかれ、同じなのです。

心の中にポッカリと空いた穴・・・

父は私以上に心の穴が大きすぎました。50年以上夫婦として苦楽を共にし、そのうちの32年間と言いう長い年月は一般の夫婦とはちょっと違う深い絆が出来ていました。あんなに仲が悪く、いつ離婚してもおかしくなかった夫婦が、母の難病発症をきっかけに、少しずつ少しずつ絆を深めていったのです。そんな妻を最後まで介護し、看取った父は心から尊敬します。入院、入所しても毎日母の元へ行き、食事を食べさせたり、施設内を散歩したり、家にいる時と変わらない生活を父は貫き通しました。

そんな大切な妻を見送ったという、誰にも分らないであろう大きな喪失感・・・

当然ながら父は介護後うつの症状が見られるようになりました。

現実逃避をしながら、時には現実に引き戻されると、声を上げて泣くのです。父がこれほど涙を流したところを見たことがありませんでした。いつも気丈で何事も笑に変えてしまう父・・・そんな父が笑いすらわかず、納骨までは毎日母の遺骨の前で食事をしたり、うたた寝をしたりと、まるで母が側にいるかのような様子を見せていたので、私や兄も、父がとうとう認知症を発症したと思いました。また、認知面もかなり落ちてしまい、今話していることを側から忘れてしまったり、片づけ魔の父が家の中を片づけられなくなり、ひどい状況になっていったのです。これは一時に喪失感からくる認知面の低下だと言われました。現在は、大分良くはなりましたが、加齢からの認知面の低下が見られるようになってはきました。

母が逝ってから1年と7か月・・・まだ父にとって、母の死は受け入れがたい部分もあるようです。でも、父自身が母と過ごした家を手放したり、母の遺品を整理するなどして自分なりに元気を取り戻し、今を生きようと頑張っている姿が見られます。それを見ている私は少々切ない気持ちになったりもしますが・・・

今は父なりに今の生活を楽しもうという思いが感じられます。でも、大事な妻を亡くした喪失感は実際にどこまで癒えているのかは正直身近にいる私でもわからないのです。

喪失感を感じないふりよりも感じるほうが良い理由

グリーフケアを学んだ時に、喪失感を感じないようにあえて忙しくしたり、故人のことを思い出さないようにするよりも、泣きたいときに泣いて、思い出したいときに思い出し、自分の感情をそのまま感じることをすると学びました。受けいれるでもなく、認めるでもなく、ただただ感情を感じる・・・

聞き役は否定もせず、元気づけもいらないのです。

父の喪失感と付き合う時は、ただ黙って聞いています。父は泣きながら感情を吐き出して自分の気持ちを感じているのです。その感情に中には、後悔や、悲しみ、どうしようもない喪失感がいつもミックスだれていて、喪失感がとても深いものだということを感じるのです。父はただ吐き出したいだけ・・・私に何も求めるような言葉は言いません。

私は、ただただ母との思い出や感情を整理するようにブログを書き続けました。これは少々勇気のいることでしたが、書くことで誰かの何かのお役に立てることがあればという思いもあったのです。毎日母とのことや介護の経験を書き続けて、気づくと、前を向いて歩いている自分がいました。でも、時にはまだ言えていない悲しみも出てきます。それでいいのだと思っています。

介護の後にまたうつ症状になってしまった、何て弱い自分なんだろう!という思いを捨てることも私には必要でした。いつも自分を責め続け、自分が悪いと思っていた癖を少しずつ捨てる経験でもありました。私にとって、介護後のうつ症状は、自分を責めることで症状が悪化するということでもあったのです。

終わりに

介護中のうつ症状とは違う、介護の後に襲ってくる心の不調・・・介護最中とは明らかに違うことは喪失感が大きいということ。喪失感は多かれ少なかれ誰にでもやってくる悲しみの中にいる自分と向き合うことでもあります。そんな気持ちをどうぞ、無視しないでくださいね。そして、どんな感情も感じてください。後悔、悲しみ、寂しさ、色々な感情が襲ってきて辛いと感じると思います。そんな時、グリーフケアをしている方に話を聞いてもらうなどして、吐き出すことも必要なのです。

私は、書き出すことで気持ちの整理をつけてきました。父は、私に吐き出すことで少しずつ日常を取り戻しつつあります。

でも、喪失体験はいつになったら癒える、というものではありません。いつまでに癒さないとと決めることでもないのです。何年たっても故人を思い出し、泣いてもいいのです。日常生活の中にいつも亡くした方をいさせてあげてください。そして、時々思い出しては色々な感情を感じてください。喪失体験は大切な人が亡くなった人数だけ、それぞれ違うのです。

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