ヤングケアラーからケアラーへ・切れ目のない支援

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ヤングケアラーの多くはケアラーへ

ヤングケアラーと言う言葉は聞かれるようになってきました。そもそもヤングケアラーとはどのような立場の人たちを言うのでしょうか?

※ 障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている

※ 家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている

※ 障がいや病気のあるきょうだいの世話や⾒守りをしている

※ ⽬を離せない家族の⾒守りや声かけなどの気づかいをしている

※ ⽇本語が第⼀⾔語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている

※ 家計を⽀えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている

※ アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している

※ がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている

※ 障がいや病気のある家族の⾝の回りの世話をしている

※ 障がいや病気のある家族の⼊浴やトイレの介助をしている

ヤングケアラー支援に必要な支援とは(NHKより)

これらの子ども達の多くは、そのケアが長い期間続き、ヤングケアラーからケアラーへと移行する傾向があります。

私もまた、高校1年生の時に母が難病のパーキンソン病を発症し、そこから32年と言う長い期間介護を担ってきました。ヤングケアラーから、ケアラーへと移行した経験者です。

家族をケアすることは家族として当然のこと

家族の誰かがケアが必要な状況にあると、一緒に住んでいる家族としてケアを担うのは普通と考えます。でも、ヤングケアラーと言われる子供たちは、家族のケアのためにその年齢相応の活動が出来ない環境下にあるのです。生活に支障をきたす場合が多く、学校を休みがちだったり、勉強に身が入らない、家族のケアのために進学や就職をあきらめる、家計を支えるためにアルバイトをするなど、生活の中心がケアになり、自分の時間が取れないなどの課題が見えてきます。

そんな家庭内での事は、家庭内での出来事と捉えがちで、ヤングケアラーと言う認識が無いことが多いのです。それは家族間だけでなく、福祉側から見てもこれが子供たちがその家族のケアを担っていることにまで目がいかない場合もあります。

それは単に見て見ぬふりではなく、家族の手伝いとしての捉えだったり、ヤングケアラー自身がケアを担いながら普通に学校へ行き、その傍らケアをしている程度と認識してしまいがちだからでもあります。

私達福祉側の視点は、もしかすると職業柄、ケアそのもの中心で捉えがちでヤングケアラーの心情や、見えない家庭内の課題にまで目を向けられていない場合もあるかもしれません。

それは福祉の人間側の問題だけではなく、日本家族社会の在り方にも問題があるのかもしれません。

厚生労働省より(子どもが子どもでいられる街に)

古き良き時代の日本の考え、家族のケアは家族ですることが当たり前、家族のケアをしている子供は親孝行、などそれを当たり前、良しとしている傾向がまだあるからこそ、その思いの中で育ってきた私たちはヤングケアラー家庭の課題が見えにくいのかもしれません。

教育と福祉の連携体制と先の見通しを持った支援

ヤングケアラー支援で大切なのは

切れ目のない支援と、ヤングケアラーからケアラーへと長い期間続くであろう支援体制

なのです。

ヤングケアラーは少なくともその多くの子ども達が成長し、成人を迎え、ケアラーへと移行するケースが多いのですが、その支援体制は切れ目がなく、各関係機関へと引き継がれることが理想です。また、各関係機関との連携の中で、福祉と教育のサポート体制がバラバラであってもいけません。

ヤングケアラーの将来、その家庭内の先の見通しを持った支援体制をチームとして見守りサポートしていく必要があります。その中で、福祉と教育、そして医療など、連携機関が変わったとしてもその情報がきちんと引き継がれていくようなサポート体制は、ヤングケアラーの支援だけでなく家庭ごとの支援にとても重要な意味をなします。

支援者側は、家族ごとの支援の中で、ヤングケアラーも含めケアを担う家族のその先の未来も考えながらサービスの調整や支援体制をその都度考え調整していく必要があるのです。ヤングケアラーは特に先の未来の中で、進学、就職、結婚など、社会に出るために考えなくてはいけない課題が色々とあります。家族の介護のためにそれらを諦めるということを選択しないためにも、様々な機関や支援者との関りによってケアを含めヤングケアラーの未来も一緒に考えていく事も時には必要になるのです。

ケアラーへ移行する時・人生の節目

私もまた、高校生の時から母の介護を担ってきた元ヤングケアラーであり、ケアラーです。ヤングケアラーからケアラーへと移行する時期は結婚と言う自分の人生の岐路に立っていました。その中で常に念頭にあるのは、母の介護をどうするか?とう課題に直面します。

そのころにはヘルパーなどの介護保険を拒否し続けてきた母も、介護保険を利用することを納得し、何とかヘルパーさんの力を借りることが出来ていました。でも、私が選んだ人は実家から飛行機で移動しなければいけない土地に住む人。母の介護は出来ません。私自身も長年の母の介護に疲れており、逃げたい気持ちもありました。

残されたのは父。結局父が一手に母の介護を引き受け、仕事をセーブしながら在宅介護を続けていたのです。就職も地元への就職をお願いされ、人生の節目で考えることは、母の介護を問題・・・

ヤングケアラーからケアラーへとなる時には特に自分の人生は自分の思うように決められないのだと感じたのです。

ヤングケアラーからケアラーになり、ようやく3年前、母を看取りその長き生活を終えました。気づけば、離婚して実家の近くへ戻り、再び母中心の生活で、シングルマザーでもあった私は、子育てでも、子供の発達の課題や不登校などもあり、それに加えて母の介護が加わることで、正社員としても働くことが困難な時期もあったのです。もしかするとヤングケアラー時代よりもケアラーになった時の方が大変な時期だったかもしれません。ヤングケアラー時代と同様、それを外に相談することは恥ずかしい事、家庭内の問題だから仕方のない事、私の場合、昔から母との折り合いが良くなかったこともあり、介護問題には触れたくありませんでした。

終わりに

ヤングケアラーの課題はとてもデリケートで、家庭内の課題としてどうしても表には出てきにくいことも多々あります。日本社会の独特な、家庭内の事は秘め事と言うような、些細な課題でも事でも外には出てきにくいのですね。

関係機関や支援者がどこまで把握する事、見つけることが大きな課題となるでしょう。そして、繋がったからには、切れ目のない支援体制、チーム編成をしながら、その家庭ごとの支援を行っていく事が大切なのです。その中にいるヤングケアラーたちを特別視するのではなく、ケアを担う家族の一員の中で、子供らしく生きていく権利とは何か?を考えていく事が必須になるのだと思います。

北海道ケアラー条例

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